東京地方裁判所 平成10年(ワ)10423号 判決 1998年11月26日
原告
甲野花子
右訴訟代理人弁護士
川名照美
被告
乙山太郎
右訴訟代理人弁護士
村本政彦
主文
一 被告は、原告に対し、金五五万円及びこれに対する平成一〇年五月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、原告の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 原告の請求
被告は、原告に対し、金三七五万円及びこれに対する平成一〇年五月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 事案の要旨
本件は、男女交際クラブを介して被告と知り合い、交際してきた原告が、交際解消を申し入れたにも拘わらず、その後も被告が、原告の意思に反して、執拗に追い掛け回し、尾行、待ち伏せ、電話、手紙、面談における脅迫、嫌がらせの言辞等の付きまとい行為を繰り返したことは、原告の平穏な生活とプライバシーを侵害する違法なもので不法行為を構成するとして、慰謝料三〇〇万円と弁護士費用七五万円の合計三七五万円及びこれに対する不法行為後である平成一〇年五月三一日(=訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を請求している事案である。
二 争いがない事実
1 当事者
原告は、昭和四三年三月二六日生まれ(三〇歳)の独身女性である。
被告は、昭和一八年九月一八日生まれ(五五歳)の妻子ある男性であり、日本△△株式会社(本店所在地は東京都豊島区東池袋<番地略>で、住宅・店舗等の企画・設計・施工・管理を目的とする。)の代表取締役として同社を経営しているものである。
2 原告と被告との従前の交際関係
原告と被告は、平成四年九月ころ、男女交際クラブ(東池袋所在)を介して知り合い、以後交際を継続してきた。
三 争点
【争点1】 原告が主張するような付きまとい行為が認められるか。
(原告の主張)
1 前提事実(交際解消の申入れ・話合い、警察からの注意等)
(一) 原告は、平成八年一一月、被告に対し、今後の交際を止めたい旨申出て、それ以後は、被告とは付き合っていない。
(二) 原告は、後記2(四)より後の平成九年三月一九日、第三者立会いの下に被告と話合いをして、原告に付きまとわないことを約束させた。
(三) 原告は、大山駅と池袋駅の交番の警察官に相談したり、平成九年五月四日には、板橋警察署に身辺の保護を頼んだりした。その結果、被告は、警察から再三の注意を受けた。
(四) 原告は、被告からの電話に応答するときには、二度と電話したり、付きまとったりしないようにその都度述べていた。
2 権利侵害
被告は、原告に対し、前記1にも拘わらず、別紙「経過表1」(以下「別表1」という。)記載のとおり、原告の身辺調査を行い、原告が就職した会社の所在地を調べ、原告が変更した電話番号を調べ、執拗に原告を追い掛け回し、尾行、待ち伏せ、電話、手紙、面談における脅迫、嫌がらせの言辞、暴力等の付きまとい行為(以下「原告主張付きまとい行為」という。)を繰り返した。そのうちの主なものは、次のとおりである。
(一) 原告は、平成八年一一月一六日、訴状肩書地のマンション(以下マンション自体を「本件マンション」といい、原告の居室を「原告自宅」という。)に引っ越した。被告は、原告が引越先を秘匿していたのに、これを調べ、同月二八日午後八時ころ、原告の帰宅を待ち伏せし、原告に対し復縁を迫った。
(二) 被告は、同年一二月二七日、原告の自宅を張り込み、原告が午後九時ころ自動車を運転して外出しようとしたところ、車の前に立ちはだかり、また、車のボンネットを叩き付けながら、三〇分にわたって原告の行く手を遮った。被告は、同日深夜、原告に対し電話し、長々と話しながら、「殺しかねない。」との言い方をしたため、原告は恐怖を感じた。
(三) 被告は、平成九年一月二四日、原告自宅で原告を待ち伏せし、午後九時一五分ころ帰宅した原告にその姿を見られると、階上通路を這いながら、二階から道路へと飛び降りて逃げていった。右異常な行動を見せつけられて、原告の恐怖心はさらに強まった。
(四) 被告は、原告の勤務先を調べ、同年三月七日、原告が勤務していた銀座にある料理店に電話を掛け、店の担当者に対し「彼女を夜遅くまで働かせるな。さもないと、ビラを撒くぞ。爆弾を仕掛けるぞ。」などと脅迫をしたため、原告は、解雇されて職を失ってしまった。また、被告は、同日、原告が右勤務先からの帰宅の途上、地下鉄銀座駅で待ち伏せをしていたので、原告は、恐ろしくなり、タクシーで自宅に逃げ帰った。
(五) 被告は、平成九年四月中旬から、原告が婚約していた相手の男性を調べ、婚約者に電話をして、「お前は知らないかもしれないが、彼女はとんでもない怖い女だから関わるな。」、「今後彼女に電話したり接触があったりしたら、ただではおかない、お前を殺す。」、「この電話は彼女に内緒にしろ。万が一伝えたら何をするかわからないぞ。」と脅迫の電話を四回にわたって行った。婚約者は、恐怖のため外出恐怖症となり、これが原因で、同年五月三日、婚約解消となってしまった。
(六) 原告は、平成九年八月二三日、警察への提出資料にするため、本件マンションに被告が張り込んでいるところを写真に撮ったところ、被告は、これに逆上して、原告を殴打した。
(被告の反論―「原告の主張」の番号に対応)
1(一) 原告の主張1(一)の事実は否認する。なお、原告と被告が平成八年一二月二日にいつものホテルで会った際、初めて関係解消の話が出たが、結局は、従来どおり交際を継続していくことになったものである。
(二) 同1(二)の事実中、原告と被告が、平成九年三月一九日、「第三者」丙山一郎(以下「丙山」という。)立会いの下に会った事実は認め、その余の事実は否認する。
(三) 同1(三)の事実中、原告が警察官に相談したり、身辺の保護を頼んだりした事実は不知、その余の事実は否認する。
(四) 同1(四)の事実は否認する。
2 同2の冒頭の事実中、別表1記載の事実に対する認否は、同表右端の欄外記載のとおりであり、その余の事実は否認する。
(一) 同2(一)の事実中、原告の引越の事実は不知、その余の事実は否認する。当日は、被告が仕事で物件を見分中、偶然に本件マンションを発見し、本件マンションの階段を降りてきた原告と偶然鉢合わせしたものである。
(二) 同2(二)の事実は否認する。前記1(一)の交際継続の話にも拘わらず、その後の原告からの途切れ途切れの携帯電話で、一方的にもう会えないと言われたので、被告は、関係解消の事由を聞きたく、そのための話合いを求めて、本件マンションに赴いたものである。原告は、何度も車を急発進・急後進させた。
(三) 同2(三)の事実は否認する。被告は、原告との関係を解消するにせよ、それにはきちんと話し合ってけじめをつけるべきと考え、そのための話合いを求めて、本件マンションに赴いたものである。原告が車のライトを上向きにして被告を煌々と照らし出したまま、エンジンを吹かしたため、先般の車で轢き殺されかかったときの恐ろしさを思い出した被告は、逃げ場を求めて、やむを得ず廊下の反対側からぶら下がって降りたものである。
(四) 同2(四)の事実は否認する。このような事実は全くない。
(五) 同2(五)の事実は否認する。このような事実は全くない。
(六) 同2(六)の事実は否認する。原告からの度重なる無言の業務妨害の電話に悩まされていた被告は、この日も三回連続して無言電話があったため、原告に文句を言うべく本件マンションに行ったものである。被告は、原告が留守だったので帰ろうとしたところ、向かいのマンションに潜んでいた原告から、いきなり写真を撮られた。被告が道路上で、降りてきた原告に対し、フィルムを出しなさいと言ったところ、原告が大声でわめき立てたため、通行人が入ってきて交番に行くことになったものである。
【争点2】(【争点1】が認められるとして)、被告の行為が不法行為を構成するか
(原告の主張)
原告主張付きまとい行為は、原告の意思に反して繰り返されたものであり、その態様、頻度、期間からみて、原告に恐怖心を与え、原告の平穏な生活とプライバシーを侵害する違法なもので、不法行為を構成する。
(被告の反論)
被告は、原告に対し、不法行為に当たるような行為は一切していない。
【争点3】(【争点2】が認められるとして)、被告に賠償させるべき損害額はいくらか
(原告の主張)
原告は、被告の不法行為により精神的苦痛を受けており、慰謝料は三〇〇万円を下らない。また、弁護士費用は、七五万円が相当である。
(被告の反論)
争う。
第三 争点に対する判断
一 争点1について
1 認定事実
前記第二の二の争いがない事実に加えて、証拠(甲一ないし四、甲五・六(各一部)、甲七ないし二八、甲二九(一部)、甲三〇、三一、乙一、乙二(一部)、乙三の一、二、乙六、乙七(一部)、原告・被告各本人(各一部))及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
原告と被告は、平成四年九月ころ、男女交際クラブ(東池袋所在)を介して知り合い、月四回程度、大塚のラブホテルで会い、被告が原告に対し、交際料として月一五万円を支払うという交際関係を四年間にわたって継続していた。なお、原告がこのような仕事に携わるようになった主たる動機は、当時犬に噛まれて怪我をした顔の整形手術をするための高額の治療費を捻出することにあり、被告も原告の経済事情を理解し、通常の料金(一二万円)よりは毎月三万円ずつ上乗せして支払ったり、整形手術の度には少し加算したりするなどして原告を援助し、原告も、被告の右心遣いには感謝の気持ちを述べるなどしていた。
ところが、原告は、平成八年一一月ころには、将来のことを考え、被告との交際を止めたいと考えるようになったものの、未だ一一月中には、被告に対し右意思を明確に伝えることまではせず、同月一三日に大塚のラブホテルで会ったときに、「顔の手術があるから、しばらく会えない。」などと曖昧に告げたにとどまっていた。その際、原告は、被告に対し、近く引越をすることも告げ、引越先については「大山近辺」とのみ答え、具体的に住所までは教えていなかった。そして、原告は、平成八年一一月一六日、本件マンションに引っ越した。そうしたところ、被告は、同月二八日午後八時ころ、本件マンション階下に突然現れ、外出するため階段を降りてきた原告に対し、「偶然だね。天の巡り合わせだ。」、「どこへ行く。」、「何しに行く。」などと話し掛けてきたため、原告は、日を改めて欲しい旨要請して、その場を振り切った。
そこで、原告は、被告に対し、交際中止の意図を明確に伝えることにし、同年一二月二日、大塚のラブホテルで会った際、被告に対し「将来子供も欲しいし、結婚もしたいので、交際を止めたい。」旨申し入れたところ、被告は、全く納得しなかった。これに対し、原告は、長時間被告と話し、「やりたいことをやる。後悔したくない。」とか、「他人から干渉されることも束縛されることも嫌だ。」などと自分の意思を明確に伝えたが、被告は、「納得しないことには応じられない。」、「納得するまでとことん話し合う。」とか、「まだまだやりたいことがある。付き合え。」、「人間関係が一方的に切れるものではない。」などと捲し立てて、容易に納得しないまま終わった。
被告は、その後、原告に何度も電話をかけて連絡をとろうとしたところ、概ね原告の方は、電話をすぐ切ってしまい、話合いができなかった。一方、被告は、一二月一一日から二七日にかけて、原告宛に四通の手紙をしたため、その中では、一二月二日の別れ話の件につき、身勝手であると非難し、人間関係では過去の事実を簡単に断ち切れるものではないなどと説教したり、被告から掛けた電話に対する原告の態度を不誠実となじったり、被告が四年間誠実に対応してきたのだから、被告の存在を余り無視しない方がいい、馬鹿にされたり虚仮にされたりして黙っているほどお人好しではない、最後は力で跳ね返すなどと警告したりした。
被告は、原告から連絡がないため、一二月二七日、話合いをするべく本件マンションに赴いて原告を待ち伏せし、原告が午後九時ころ自動車を運転して外出しようとしたところ、車の前に立ちはだかり、原告に対し、「どこに行く。」、「何しに行く。」、「話は終わっていない。」などと言って話合いをすることを求め、原告の車のボンネットをばんばん叩きながら、約三〇分間にわたって原告の行く手を遮った。原告は、何とか車を急発進させることにより、被告を振り払って外出したが、被告は、しばらく原告を尾行していた。原告は、同日深夜、被告の行動に怒って被告の自宅に電話し、応対に出た被告の妻に対し、それまでの被告との交際関係を打ち明け、背後に暴力団が付いているようなこともほのめかしながら、被告を原告と別れさせるよう強く要請した。
被告は、平成八年末から平成九年一月二三日にかけて、原告宛五通の葉書ないし手紙をしたため、その中では、自己の行動につき反省を見せながらも、原告が被告の妻に交際関係を暴露したことにつき慰謝料を請求できる旨告知したり、原告が顔を見せないことや第三者に相談している(なお、被告は、一月八日ころ、右第三者である丙山(前記男女交際クラブの経営者で右翼関係者を自称)に呼び出され、恫喝されていた。)ことにつき非難して原告にも反省を求め、関係を終わらせるなら、大人として四年間の重さを踏まえて行動すべきであるなどと説教したりしていた。
それでも原告が応じなかったため、被告は、平成九年一月二四日、再び原告との話合いを求めて本件マンションに赴き、原告自宅前で原告の帰宅を待ち伏せしていた。原告は、午後九時一五分ころに帰宅し、原告自宅前にいる被告を発見したため、車の前照灯を上向きにし、原告自宅前付近を照らし出したところ、被告は、これに驚いて、階上通路を這いながら、通路の反対側に出て、二階からぶら下がって道路に飛び降りて逃げて行った。
被告は、同年一月二八日と二月一二日に二回、原告宛に手紙を書き、もう馬鹿なことは止めるから二人だけで話し合おうと提案し、重ねて第三者を介入させることの弊害を説いて忠告するなどした。
被告は、同年三月七日、原告が当時勤務していた銀座のレストランからの帰宅の途上、地下鉄銀座駅で原告を待ち伏せをしていたので、原告は、タクシーで自宅に逃げ帰った。
原告は、三月一九日、丙山に立ち会って貰い、「もう卒業させてあげなさい。」などと助言して貰いながら、被告と長時間話合いをする機会を持ったところ、被告は、原告に不愉快な思いをさせたことについて詫びるとともに、その場では一応原告の申出を承知したかのような素振りであった。
しかし、被告は、右話合いにつき、「結論の押付け」などと称して納得せず、以後、同年四月四日から同年一二月一八日までの間、別表1で原告が指摘する事実中、別紙「経過表2」(以下「別表2」という。)の右端欄外(当裁判所の認定)に「○」と表示した分につき、そのとおりの行動をし、頻繁に電話(但し、原告の電話番号は、自宅・携帯とも原告が教えた。)したり、頻繁に本件マンション付近ないし原告自宅又は勤務先会社等に現れて様子を窺い(その際、被告は、ときどき原告方の電気メーターを読み取り、メモを取っていた。)、面談をしようとしたりした。その間の主な出来事は、次のとおりである。
すなわち、原告は、前記丙山を交えた面談につき、原告が不誠実である旨なじる手紙をしたためるとともに、執拗に原告に電話し、五月一九、二〇日の両日、本件マンションに来て様子を窺うなどしていたところ、同月三一日の午後一〇時ころ、原告自宅に来て、玄関ドアを何度も叩き、ドアノブをがたがたさせてドアを開けようとしたが、原告が警察に通報したため、警察官が駆けつけ、翌日にかけて交番に事情聴取された。
被告は、その後二か月近くは、頻繁に原告に電話を掛ける以外は、手紙も書かず、本件マンションにも赴かないまま、様子をみていたが、原告が被告からの頻繁な電話のことで警察に重ねて相談したことなどから、七月二六日には、原告に苦言を呈し、警察を介入させずに話し合うことを求めるとともに、原告が被告の「人生のこだわり」を理解していないとして非難する内容の手紙を出し、八月七日には、原告が頻繁に被告の自宅等に電話しているとして、その中止を求める手紙を出した。
そして、被告は、八月二二日午後八時ころになって再び原告自宅に現われるに至った。原告は、翌二三日、被告が自己の行動を否定するので証拠写真を撮るべく、向かいのマンションで待機していたところ、午後七時過ぎころに被告が本件マンションに現れ、近所をうろうろした後、原告自宅玄関で張り込みをしたため、現場写真を撮った。被告は、カメラのフラッシュにより右写真撮影に気付いて腹を立て、原告を追い掛けて来て「フィルムを寄こせ。」などと怒鳴りながら、力付くでフィルムを原告から取り上げようとした。これに対し、原告がカメラを奪われまいとして両手で押さえていたところ、被告は原告の顔面を殴り付けた。
その後、被告は、九月五日午後一一時すぎころ、今度は原告の勤務先会社前の自転車置き場に現れ、池袋西口広場で原告の写真を撮り、「これであいこだ。」、「これ以上虚仮にすると何をするかわからんぞ。」などと捲し立てたため、原告は大山交番に逃げ込んだ。さらに、被告は、同月九日朝には、原告が会社に出勤する際に池袋駅西口に現れ、原告に付きまとったため、原告は板橋署に通報した。被告は、同日夕刻には、原告自宅に現われたほか、右同日、原告の親友に対し「原告のことをどこまで知っていますか。」、「大変なことになるかも知れません。」などと警告する内容の手紙を手渡した。
それから、被告は、九月一二日、一九日、二五日、一〇月二日にも、原告の勤務先会社の前に現れたり張り込んだりし(右一九日には原告の写真も撮影した。)、また、右一〇月二日、六日には本件マンション下に現れ、同月八日には池袋西口噴水前で待ち伏せし、右同日及び九日には大山駅でも待ち伏せした。また、被告は、同月三〇日には、本件マンション前に現われ大声で捲し立てたため、原告がパトカーを呼んだところ、被告はその場から逃げた。さらに、被告は、一一月五日午後八時ころには、原告自宅の玄関ドアを叩き、開けて出てくるよう騒ぎ立て、「暴力団斡旋の売春婦」などとなじったため、原告は、ドアの隙間から、犬用の催涙ガススプレーを振り掛けた上で、警察に通報した。
その後も、被告は、一一月七日には、原告が池袋長崎屋敷で飲食中に原告の目の前に現われ、原告の写真を撮ったり、同月八日には本件マンション下の駐車場で張り込んだり、同月一七日には大山駅で待ち伏せしたり、同月一九日、二九日、一二月一〇日、一五日には、本件マンションに張り込んだり、同月一八日には再び大山駅改札出口に現れ、原告に付いてきたりした。
同時に、被告は、九月二八日から一一月五日にかけて、相変わらず原告宛に、原告が警察に相談ないし通報することにつき、専ら被告だけを悪者扱いにするものとして厳しく非難したり忠告したりするとともに、被告にはあくまで悪意はない旨告げた上で、二人できちんと話し合って将来禍根を残さないようにするよう促す趣旨の手紙を四通出した。
以上のとおり認められ、証拠(甲五、六、二九、乙二、七、原告・被告各本人)中、右認定に反する部分は採用しない。
2 原告主張付きまとい行為は、前記1の認定事実の限度で認められる。他方、原告は、被告が原告の勤務先へ脅迫電話を掛けたため解雇された旨(原告の主張2(四))、また、被告が婚約者に脅迫電話を掛けたため婚約破棄になった旨(同2(五))主張し、これに沿う供述をなす(甲五、六、原告本人)けれども、原告の供述自体に曖昧さも窺われ、かつ確証に乏しいことからして、右供述部分は直ちには採用できず、結局原告主張の付きまとい行為のうち、右各部分については認められない。また、別表1の原告主張の事実のうちの電話にかかるものについては、原告が直接電話に出て、被告であることを確かめたり話をしたりしたもの以外(電話が鳴っただけのものや「無言電話」というもの)のものについても、被告が行ったという的確な裏付けに乏しく、認められない。
二 争点2について
前記一1の認定事実によれば、被告は、原告が平成八年一二月二日にそれなりの理由を告げた上で、明確に従前の交際関係解消の申入れをし、また、平成九年三月一九日にも第三者を介して、重ねて右関係解消の申入れをしたにも拘わらず、「人間関係は一方的に切れるものではない。」などとして容易に納得しようとせず、関係を終わらせるとしても、四年間経済的援助を受けるなどして世話になった被告に対し、大人として右四年間の重さを踏まえ、被告と二人で話し合って、関係解消の理由を説明すべきであるなどとして、話合いを求めて、手紙、電話、張り込みないし待ち伏せの方法により、繰り返し原告との接触を図ったものであることが窺われる。右のような被告の原告との接触の動機は、無理矢理復縁を迫るというものではないものの、それなりの理由を告げて関係解消を申し入れている原告の立場ないし気持ちを全く酌んでおらず、右原告が話した交際解消理由の内容・その説明の程度や従前の原告と被告との交際目的、被告自身の家族関係(被告は妻子ある身であること)等に照らして考えると、被告が原告に対しこの上さらなる話合いを求めるというのは、原告に対する執着心が顕在化したものとして些か独善的であって、決して正当化されるものとはいえない。そして、原告からは全く連絡を入れず、面談することも一切拒否している状況の中で、原告の明確な意思に反して、本件マンションないし原告自宅前と、勤務先会社前や原告が通勤する際に利用する駅とに予め出向いて張り込みないし待ち伏せして、繰り返し原告の前に現われて接近し、原告に付きまとった被告の一連の行為は、その具体的態様と頻度にかんがみると、原告にとっては毎度不快感・嫌悪感や不安感を抱かされ、私生活において多大の苦痛を被らされるものにほかならない、著しく執拗かつ迷惑なものであって、もはやいわゆる男女交際の延長のものとはみられず、原告が受忍すべき限度を超えたものと評価される。したがって、被告の原告に対する面談を求めての前記張り込みないし待ち伏せ、付きまといの一連の行為は、その間の電話、手紙による原告に対する接触も含め全体として、何人にもプライバシーを侵されずに平穏な生活を送ることができるという原告の人格権を侵害するものとして違法性を帯び、不法行為を構成するものというべきである。
三 争点3について
原告と被告のそれまでの交際関係・交際期間、原告の交際解消の理由とその説明の程度、被告が原告に接触を図った動機、付きまとい行為の期間・態様、これに対し原告がとらざるを得なかった対応、原告・被告の年齢等、本件に現われた一切の事情を考慮すると、被告に賠償させるべき原告の慰謝料は、五〇万円とするのが相当である。
また、本件事案の内容、審理経過、認容損害額等にかんがみると、被告に賠償させるべき弁護士費用は、五万円とするのが相当である。
四 むすび
以上の次第で、原告の請求は、主文の限度で認容することになる。
(裁判官徳岡由美子)
別紙経過表1・2<省略>